農園に続いて新しい家も決まりました

かれこれ20年近く住んだ、ふるい団地に建替え計画が迫ってる。もう築60年だし。名残り惜しいけど仕方ない。色々考えたけど、お気に入りだった、手が届くほどの借景桜とお別れです。

あと数年、住み続けて建替え後に引越すことも可能だけど、建て替え後のマンションには、旧い住宅ならではの風通しや回遊性のある間取りに希望が持てない上、家賃は高くなるわ、新築のすべてがグッドニュースという訳でもない。

そりゃマァ。新築も捨て難いけど、先に決まった農園と同じように、環境を変えるなら何を新しくしたいか、一生懸命アンテナ張ってみた。

よくよく考えると、捨て難いと思った新築は、気分は刷新すれど、それ以外の真新しさをもたらさない気がする。それなら新築でなく、フツーな引越しで良いかと。

新しい生活は、自分の内側にある
暮らしの練度を高めることにした。

赤坂荘を寝床にした40代なりたての頃、激しく狭い戦前ワンルームのどん底で自嘲気味に、おもしろ可笑しいポジティブさを装い、這い上がろうとした。そうした泥沼の悪あがきが、このあと18年を過ごす荒江団地への道筋と礎石を築いた。あの頃は本当に辛かったにも関わらず

まさか今となって、3LDKに引越す伸びしろをもたらすとは。いや、まぁ団地なんでずけどね。こだわるとこ、徹底的にこだわりました。山の眺望。借景の桜。回遊性と風通し。質素さと贅沢さ。巡回への動線。などなど

40代なりたて。赤坂荘の風呂無し独居房の風情から、樹齢半世紀の植栽がひしめく、2LDKの団地で50歳を迎えた。そして今ココからの3LDKスタート。新築ではないけど、確実に心地よい住まいにアップデートして、いまのとこ満足。暮らしの練度に老いは関係ない。

まだ住んで数日なのでアレですが、
荒江だった頃より、敷地スケールと静寂さ、
郊外のゆったりした質感がなかなか良き。

旧さゆえのお手入れ必須だけれど、常若の意識と練度が高まるなら、充分満足かも知れない。

つい過去にしがみつきかねない
老いに染まるモノたちも捨てた。
50を越えたら潔く進むしかない。

最後はこの身体も残らんのですョ

もし残るとすれば、この世界に刻んだ愉快な記憶だけです。それが生命の本質かも知れない。だからこそ軽やかに、勇気をもって、思い出の品を捨て、忘れないように、大切に暮らそう。

臆することなく、まいにち

心地よさを標して、いつか
身体を失うときがあれば、
その愉快で心地よい記憶に
埋没してみようじゃないか。

ふっかふかのお布団のような
思い出と、シン生活バンザイ